「血の繋がった親子で結婚なんておかしいよ!」


ある程度予想はしていたものの、その予想通りの言葉にグリゴリは不機嫌そうな顔をした。
ラージン領の僻地にある、イペ族の集落付近にある清流に、子供が三人、釣り糸を垂らしている。青い髪の男女のハーフエルフの子供と、黒い髪のイペ族の子供。


「そんな事したら村八分にされるよ!きんしんそうかんで魔女だと処刑された人もいるんだよ!とにかくダメだよ!」


ハーフエルフの、男の格好をした方、クリストファーが、妙に必至に力説する。
クリストファーの双子の片割れであるクリスティーナは、あらあら、とだけ漏らして笑っている。


「きんしんそうかんって何だよ」


不満はさておき、グリゴリは聞きなれない言葉を聞き返した。クリストファーとクリスティーナの双子は、刑吏の子供のためか、難しい言葉をよく知っている。


「家族と…その、恋人になる事だよ!」

「それがなんでいけないんだよ!」

「それは…」


言葉に詰まるクリストファーを、グリゴリは、ふん、と鼻で笑う。


「そもそもそーゆーのって、周りから反対されても相手がいいって言えば、貫き通すのが愛ってもんだろ?」


うぐ、とクリストファーは言葉に詰まる。クリスティーナは少しだけ笑いながら、再びあらあら、と言う。相手が黙ったのをいい事に、グリゴリは得意満面に続ける。


「クリフだって、好きな相手がいいって言えば、世界中から反対されても結婚したいと思うだろ?」


クリストファーは少したじろいで目を逸らし、若干顔を赤らめて「うん」と呟いた。


「…でも、オリガさんと結婚するのはやめなよ!」

「なんでだよ!今クリフ納得しただろ!」


クリスティーナが笑いながら、まぁまぁ、と二人の間に入る。


「そのくらいにしておきましょう?結婚って言っても、グリちゃんまだ十二歳だし、大人になったら気が変わってるかもしれないし、ね?」

「俺の愛は永遠だ!」

「うんうん、分かってる、分かってるから」

「オリガさんだってきっと本気で結婚するつもりなんて無いよ!」

「クリスちゃん、クリスちゃんの気持ちも分かってるから、ね?」


同じ勢いでグリゴリは何かを言い返そうとして、不意に黙りこむ。話に熱が篭もるあまり、流れから手元に戻してしまった釣り針を、餌できちんと針が隠れるようにして、また川面に投げ込む。クリストファーもつられて餌の様子を見る。クリスティーナも何とはなしに川面に視線を移す。しばしの妙な沈黙。


「グリちゃん、相談があるって言ってたの、それ?」


クリスティーナが尋ねる。グリゴリは二人に相談を持ちかけていた。そして開口一番、母親であるオリガと結婚するつもりだし、オリガもそれを受け入れている、と言ったのだ。


「…一度領主の所で産み直しの仕事をしてから、やけにオリガに領主から用事が回ってくるんだ」


基本的に、イペ族の産み直しの仕事は、その時体力に余裕がある者から族長が割り振りしていく。だが、相手に一定の身分がある場合に限り、トラブルを回避するため、若い女はその仕事から外れる。
しかし産み直しには体力が必要だ。そう年かさの女ばかりも用意できない。
たまたま担当のはずの女が体を壊して仕事が出来ない状態の時に、代わりに族長の娘であるオリガが領主からの仕事を引き受けた事があった。


「仕事の事かと思ったら関係ない事だったりもするし…、オリガも、最近領主の話ばっかりしててさ」


気の強いグリゴリにしては珍しく、不安げな様子で話す。


「なんか、怖くて前みたいにオリガに言えないんだ。結婚しようって。今言ったら、前と違う返事が返って来そうな気がして」


クリストファーは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかったらしく、誤魔化すように棹をあげてみたが、釣り針には何もかかっていなかった。


「オリガの事を信じたいけど、俺は来年十三になる。そしたら、集落を出ていかないといけない」


イペ族の男子は、十三の歳になると集落を出ていかなければならない。
イペ族の能力がある以上、それ事態は然程悲観的になるような事ではない。居住が許されないだけであって、何も出入りが禁じられる訳でも無い。しかし。


「今、大人になったら迎えに行くって言って、オリガは待っててくれるかな…」


自然と視線が下に落ちる。
クリスティーナはふわりと笑い、よしよし、とグリゴリの頭を撫でた。


「大丈夫よ、グリちゃん。グリちゃんが領主さまよりもすごい大人になればいい話だし、大人になる頃には、グリちゃんも、オリガさんも考えが変わってるかもしれないし、ね?」


そう言ってクリストファーにも目配せをする。


「そ、そうだよ!落ち込んでる場合じゃないよ!領主さま以上だから、すごい大人にならなくちゃ!王様とか、神様とかぐらいの!」

「王様とか、神様かぁ…」


少し大袈裟にため息をつく。ちょいちょい、と棹の先を振って、様子を見る。


「…どうやったらなれるかな。王様とか神様って」

「さぁ…」

「多分難しいと思うけど…」


再びの、しかし、先程よりは幾分やわらかい沈黙。


「あっ」


グリゴリが声を上げる。


「黄金郷を見つけたらなんとかならないかな!?」


双子は、そっくりな顔で、きょとんとした顔をする。


「黄金郷って、カダイエの事?」

「そう!カダイエ!うちには本物の太陽のストゥーラがあるんだ!あれさえあれば黄金郷も見つけられるって!」


興奮気味に話すグリゴリに、困ったようにクリスティーナが答える。


「それで言うなら、うちにも月のストゥーラがあるけど…、今まで誰も見つけられてないって事は、やっぱり見つけるの難しいんじゃないの?」

「やってみないと出来ないかはわかんないだろ!案外俺なら楽勝かもしれないし!」

「いつも思うけど、その自信はどこから来るの…」


少し呆れたようにクリストファーが呟く。


「よっし、じゃあ黄金郷カダイエを見つけて、俺は神になって、オリガと結婚する!完璧だな!オリガもその場合神の妻で母親って事で、女神様って事になるかな」

「あ、決定しちゃったんだ」

「月のストゥーラもあるし、クリスとクリフも探すの手伝ってくれるからまず見つかるだろ!」

「あ、手伝うのも決定なんだ」


グリゴリは、ようやくいつものように、あはは、と屈託無く笑った。


「そしたらさ、皆仲良く暮らせる世界にしようぜ!差別とか、盗みとか、暴力とか無い感じの!誰も怖い思いとか、悲しい思いとかしないで済むようなさ!」


双子が何か答える前に、グリゴリの棹の先が引いた。


「おお、でかいぞ!」


その後は、大物を釣り上げる事に夢中になって、その話はそれっきりになった。


子供の頃の話。まだ幸せだった頃の。まだ親友だった頃の。