光が虚空に集まり、目映い塊になる。
その中から突き破るように、昆虫のような細い足が飛び出す。
足は蠢き、中にいるものが出てくる。
 
卵から虫が産まれているみたいだ、とグリゴリは思った。
産まれたものがすっかり姿を現すと、それは人の手によって造られたと思しき建物を背負った昆虫のような巨大な生き物だった。
 
「これが、《マァムブ》…」
 
誰ともなく口にする。
マァムブは、朝焼けのように輝く13の瞳を開き、12の契約者たるべき者共を視界に捉えると、また、すぅっと瞳を閉じた。
 

マァムブ。伝承の通りなら、その身に城を宿し、移動する巨大なエンブリオ。
その力により、黄金郷カダイエに豊かさと繁栄をもたらしたと言う。
使役するには12人の契約者が必要であり、彼らに力を与えるとも伝えられている。
 
グリゴリはにい、と笑みを浮かべた後、「入り口を探せ」と言い、自らもマァムブに歩み寄る。
入り口はさほど苦労せずに見つかった。小さい、勝手口のような扉。現在はマァムブが座り込むような形になっているからいいものの、恐らく立ち上がればここから入る事はできないだろう。
 
 
罠を警戒してドアの背に隠れるように扉を開く。
何も出て来ない。覗いてみると、暗く埃っぽい板張りの部屋に、いつのものだか分からない、食材が入っていたような箱や袋が置いてあった。中の物はすっかり土に変わってしまうくらい古いものらしい。
 
ふと、壁が動いている気がしてそちらを見る。そこには太い管が、蔓植物のようにぐねぐねと曲がりながら走っており、うっすらと光りながら脈打っていた。
人造物に見えても、この中はマァムブの体の中らしい。
 
「クリストファー、こいつは男だと思うか?それとも女だと思うか?」
 
「は?角があるから雄じゃないんでしょうか」
 
「そうか、じゃあお前が先頭を行け」
 
蹴り飛ばすようにクリストファーを中に入れる。彼(グリゴリは彼だと思っている)は一瞬振り向き、不満気な視線を投げながらも先に進んだ。
 
「雌だったらどうしたんですか」
 
「俺が先に行くに決まってるだろ。お前に先に女の体内に入られるのは気分が悪い」
 
クリストファーはしくじった、あるいは呆れたというような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
 
 
やけに長い階段を登ると、廊下のような場所に出た。灯りが無いはずなのに、妙に明るい。より明るい方向に歩いて行くと、天井が高く開けた場所に出た。
 
明るいのはどうやら、天井や壁の一部が光っているらしい。まるでガラス越しに太陽の光が入ってきているようだ。
何階分か吹き抜けになっている様子で、上の階から階段が降りているのが見える。
天井近くは支柱だか飾りだかわからないものが、木の枝のように縦横に広がっている。
  

明るく、どこか温かさを感じさせる光をぼうっと見上げていると、ペドロの声がして我に返る。
 
「あっちに壁画があるよ」
 
彼が向かって行く方向を見ると、太陽の光に包まれ、黄金の装飾品を身に付けた人々が皆笑っている壁画があった。
 
「カダイエを描いたものかな」
 
その言葉に特に返答もせず壁画を見る。
絵の中には、他にもマァムブと思われる巨大な昆虫と、その力を得て変化を起こしている様子の12人の人物も描かれていた。
 
「やっぱり、黄金郷はただの金脈程度の類じゃなさそうだな」
 
「この壁画だけでそう判断するのはどうかと思いますけど」
 
クリストファーの言葉も無視して、上の階を見上げる。
吹き抜けになっている範囲で見える階は、どれも同じに見える。
なにか重要な部屋があるのなら、その上か、あるいは現在いる階の下、長い階段の途中にも部屋があったのだろうとグリゴリは考えた。
根拠は無い。そんな雰囲気がしただけだ。しかし他にあてになる情報が無い以上、グリゴリには十分な理由足り得た。
 
好き勝手に周囲を見て回るメンバーに舌打ちし、階段を探すように口を開きかけた時、ふと、手に何かが触れる感触がした。
見ると、イースが右手に鼻面を擦り付けるようにしている。
追い払おうとして、右手に持ったままだった台座盤が、わずかに光っている事に気が付く。
光る面を表にしてみると、イースは目を輝かせて台座を見つめた。
それには全てのストゥーラが嵌っていたが、窪みとストゥーラの隙間から光が漏れており、ある方向の光だけが強く輝いていた。
 
台座の示す方向へ進む。
イースはしばらく光る台座を見つめて横を歩いていたが、気が付くと見ているのは盤ではなくグリゴリの方だった。
 
「お前は道が分かるのか?」
 
そう声をかけると、首を捻り「ぐるぅ…るるぅ?」と唸る。
聞いた事を後悔しながら盤を見る。
光の示す方向に進むと、中庭のような場所に出た。
 
 
長い間手入れがされてないらしく、背の低い草が伸び放題になっていたが、屋内の割には植物が枯れている様子は見られない。
枯れた噴水だと思われる場所にたどり着くと、全てのコインの隙間が光る。
思わず辺りを見回すが、特にどうという事も無い、ただの噴水だ。
石造りの八角形の囲いに、段があって水が出る穴があるだけ。
中に入って確認したが、上を見上げても、下を見下ろしても何もない。
しばらく側にいて様子を見ていたイースは、飽きたのか草の匂いを嗅いだり、穴を掘ったりしている。
 
グリゴリは不機嫌そうな顔をして、台座を噴水の段になっている所に放り投げ、自分もその縁に腰掛けた。
噴水ならばかつては水が出たのだろうが、水が出るならどこから来た水だというのか。
そういえば、この巨大なエンブリオの中で暮らすのなら、水や生活用品を持ち込むか、購入しなければならない。
長期的に考えれば、家具の類も必要だろう。路銀は満足に残っているとは言えない。
お伽話の中の存在であるマァムブの出現に興奮していたが、現実的な事を考えると頭が痛い事ばかりだ。
 
「そもそもこいつはちゃんと動くのか?」
 
誰にともなくぼやき、台座盤を見る。
もしここから動かず、マァムブの中に入れた以上の進展が無ければ、城を一つ手に入れた程度のものだ。
それはそれで損をした訳では無いが、この土地を統治している相手や周辺の人間と諍いが生まれるだろう。
近くにあった街と、領主を思い出そうとして、どちらもあまり記憶の中に無い事にため息をつく。
存在すら疑っていたものが実際に現れたのだ。その程度では期待はずれにも程がある。
 
ふと、噴水の中央、水が出る場所だと思っていた穴に、ちょうど台座盤と同じ程度の窪みがある事に気が付く。
あまり期待もせずに、ずずず、と盤をずらして重ねてみると、ごとり、と窪みに台座は落ちた。
 
 
一瞬の投げ出されたような浮遊感と、目眩のような感覚。
数歩たたらを踏む。目の前が暗い。いや、違う。
さっきまでいた中庭ではない、暗い場所に出たのだ。
左右に廊下があり、その先に部屋がある。
そして、正面に重々しい両開きの扉。
 
正面の扉を押して見るが、開かない。引いても開かない。
扉の中央には八角形の窪みがある。
 
「台座…は、どこに行った?」
 
振り返ると、先程自分が投げ出された辺りに、あまり高くない石柱が生えている。
その上に台座が載っており、手に取ると、下にも台座と同じ模様と、コインを嵌める窪みがあった。
 
柱の模様はちらりとだけ確認し、台座盤を扉に嵌める。
予想通り窪みにちょうど嵌まる。しかし、扉を押しても開かない。
グリゴリは舌打ちして、少し離れていらいらとした様子で腰に手を当て、扉を眺める。
 
横にした状態でしかあまり台座を見る機会は無かったが、縦にすると時計のようにも見えるな、と思う。
ふと、そこでようやく、ストゥーラに順番があった事を思い出す。
一番初めは、太陽のストゥーラ。
 
台座を窪みから外し、最初に太陽のストゥーラが来るようにして嵌め直すと、コインの隙間が光り、かちり、と音がした。
扉を押すと、今度は素直に開いたが、その奥にあったのも物々しい扉だった。
今度は手のひらの形の窪みがあるだけだ。押すと、微かに光り、そのまま開いた。
 
奥にあったのは、祭壇のようなものがあるだけの部屋だった。
短い階段を登り、祭壇の上に立つと、奥の方に台座盤と同じ模様が床に描かれていた。
それは台座盤より大きく、何かを嵌める類の仕掛けではなさそうだった。
何とはなしに上に乗ると、噴水の所で感じたような、投げ出される浮遊感。
 
 
今度は安定した着地。
今までの部屋と違い、壁がむき出しの岩肌になっている狭い空間。
 
一つだけある扉を開こうと手を触れると、微かに光り、扉自身が意志を持っているかのように勝手に開いた。
その奥は、岩を切り出したような八角形の部屋になっていた。
中心に光る八角形の背の低い柱があり、そこから血管のような、木の根のようなものが床を這い、それら全てが部屋を薄暗く照らしていた。
案の定柱には、台座盤と同じ大きさの窪みがある。
 
太陽のストゥーラが最初に来るように嵌めると、かちり、と音がした。
部屋全体に這った脈が輝く。そして、ずずず、と12枚のコインが迫り上がって来た。
コインと同じ大きさの柱が下から伸びて来ているのだ。盤の裏には穴など開いていなかったはずなのに。
 
最後に、台座版に最初から彫刻されているものだとばかり思っていた、中央の13枚目のメルンストゥーラ、マァムブが迫り上がる。
他のストゥーラより高い所までマァムブのストゥーラの柱が伸びると、かちり、と音がして、足元がぐらりと揺れた。
ばらばらとコインが床に落ちる。
グリゴリもバランスを崩し、台座が安置されている柱に捕まるが、大きく揺れたのは最初のみで、後は特に問題のない程度に収まった。
 
問題は無いが、揺れは一定のリズムを持って続いている。
まるで、このマァムブが動いているかのように。
 
王城へ向かっているのだ、とグリゴリは知った。
触れた柱から、マァムブの意志がおぼろげに伝わってくる。
12人の契約者を揃えたところで、ネクターと生命力を捧げなければ、マァムブと契約はできない。
ネクターがある場所は限られている。
 
 
床に落ちたコインを拾い集めて、12枚しかない事に気が付く。
台座盤を見ると、マァムブのストゥーラだけは、最初と同じようにその場に鎮座し続けていた。