※今回の日記はギルドメンバーと連動しているかもしれません。







雨でも雪でもなく、雹が地面を叩く寒い日に領主夫妻の葬儀は行われた。
一揆で浮き足立っているメルンテーゼの情勢を考慮し、ごく身内のみのひっそりとした式だった。

葬儀は本来ならばグリゴリが取り仕切るべきだったが、叔父が気を回してくれたお陰で、棺に花を入れる事と、馬車まで担ぐ事以外はせずに済んだ。
それでなくとも、グリゴリは終始ぼうっとして、母の遺体を見つめているばかりで、あまり役に立つとも思えなかった。

棺を埋葬してしまって、二人分の遺体が二人分の墓碑になって、すっかり人が帰ってしまっても、グリゴリはじっと母を見つめていた。
雑事を終えた叔父のセルゲイが戻ってきて、グリゴリに声をかける。

 
グリゴリくん、帰ろう
ここにいると風邪をひくよ

言いながら、肩や頭に積もった雹をばらばらと払う。
グリゴリはその手を軽く遮り、静かな、しっかりとした声音で口を開いた。

 
叔父上
俺は領主になりますよ

 
!!

 
本当かい!?
いやぁ、よかった!よくぞ決心してくれたよ!!
大丈夫、私が全力でサポートするから、何も心配はいらないよ!!

 
サポート?
へぇ、そりゃありがたい

 
じゃあ早速頼みがあるんですけどね
正式に領主になるのは、半年後か、それ以降にしてもらえませんか
それまで叔父上殿は領主代行をやって頂きたい

 
半年!?
半年って、そりゃ、どういう事なんだい!?

 
《黄金郷カダイエ》の話は知っているでしょう?
あれを探しに行きます
半年で成果と言えるものを何も見つけられなければ諦めるし、見つければ続けます

 
そんな…バカな…
確かにラージン家には《カダイエ》を指し示すという台座盤が伝わっているが…

 
《カダイエ》に豊かさをもたらしたという《マァムブ》の力があれば、新王を殺す事もできるし、聞き分けの悪い少数民族も押さえ込めるし、ラージンはもっと豊かになる
どのみち今のままじゃ、ネクター不足で全員ゆっくり死んでいくだけだ
エンブリオがいなければ、冬は越せないし身を守れない

 
別に嫌なら嫌でいいんですけどね?
その場合、俺は領主をやらずに勝手に出て行くだけだ

 
…あり得ない
あんな古い石版だけで、見つかる訳が無い

 
それがそうでもないんですよ

 
オリガの、ソロヴォフの家に太陽のストゥーラは伝わっているんです
どっちもただの古い石にしか見えないんですけどね
試しに嵌めてみようと持ちだしたら、光ったんですよ、両方とも

 
光った…?

 
刑吏のシュタイネックの家にも月のストゥーラがある
あまりアテにはしてなかったんですけどね、それも嵌りましたよ
そうしたら、今度は光が南の方向を指すんです

 
…………


 
まぁ、信じられないならそれでいい
もう少し納得できるように言い直しますよ
『領主になる前に半年間だけ遊ばせてください。嫌なら領主になりません。』

 
どうします?

 
……本当に半年で終わるんだね?

 
《カダイエ》か《マァムブ》のどちらかが見つからなければ、後は片手間の趣味にでもしておきますよ

セルゲイは深い溜息をついた。
自分がもう少し愚かで若ければ、グリゴリの話に希望を見出したかもしれない。
しかし、どう考えても馬鹿な話としか思えない。
この男は、なぜそんなお伽話を真に受けているのだろう。

 
後でその光っている状態を見せてくれ
君のその話だけじゃあ、ただの酒の飲み過ぎにしか思えないよ

 
それはもちろん

 
…確認した上で、本当に君の言っている事が正しければ『旅行に行く』事ではなく『一揆に参加する』事なら認めよう
どうせラージンから誰か行かせなければ領民の不満は募ってるんだ
かといって兵を出して、守りを薄くする訳にもいかない

 
だから、大したお供は付けられないよ

 
問題ありません
クリストファーだけでいい

 
クリストファー・シュタイネック…君が兄上から頂いたオモチャか
元々君が好きに使っていたものだ



 
それなら、好きにするといい






《黄金郷カダイエ》は、巨大なエンブリオ《マァムブ》の力によってその繁栄を築いていたという。
《マァムブ》を探すには、台座に12のコインを嵌めなければならない。
そして、コインはそれぞれ、《マァムブ》と契約するための持ち主が必要だ。



12の窪みに2つのコインを嵌めて

10の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



最初は鳥の混じった男。
粗野で乱暴で人のような鳥を連れていた。
馬鹿みたいな話にも、金を払えば付いてきた。



12の窪みに3のコインを嵌めて

9の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



次の持ち主は死んでいた。
骸の側には言葉おぼつかぬ獣がいた。
声をかければ、獣は勝手に付いてきた。



12の窪みに4のコインを嵌めて

8の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



次は兎混じりの少女。
家族が前の王に仕えていたらしい。
女が一人で家族を探すには、今の世の中は物騒すぎる。



12の窪みに5のコインを嵌めて

7の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



6人目は病人。
体の腐る病を治す方法を探すと言う。
黄金郷に病を治す望みを求め、一も二もなく付いてきた。

7人目は子供。
天使憑きの病でなくなった村の生き残りと言う。
病人に助けられた恩義があるらしく、黙って付いてきた。



12の窪みに7のコインを嵌めて

5の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



8人目は犬の男。
  を   好き勝手に     。
望めば産み直しをいくらでも行う契約を交わし、   は飼い犬になった。



12の窪みに8のコインを嵌めて

4の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



次の持ち主は普通の娘。
時折    に   。
天涯孤独の娘は、家族が増える事を喜んだ。



12の窪みに9のコインを嵌めて

3の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



次に来たのは画家の男。
女の眼球を抉るような狂気の持ち主。
天使憑きの子供が気に入り、文句も無く付いてきた。



12の窪みに10のコインを嵌めて

2の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



11人目はエルフの女。
人の手により半身に傷を負い、片足を失った。
帰る場所も、行く宛も無かった女は黙って拾われた。



12の窪みに11のコインを嵌めて

最後の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す



最後の1人は言葉の通じない娘だった。
ただし、     には     、       いるようだった。
娘はおとなしく、最後のメルンストゥーラを渡した。



12の窪みに12のコインを嵌めて

台座は呼んだ

黄金郷の主を



正直な話、半分は本気だったが、半分はオリガを失った悲しみを紛らわせたかっただけだった。
頭のどこかで、諦めが付くような事が起こればいいと思っていたし、無為に半年過ごすだけだったとしても、最後に母のために何か行動する時間が作れるなら、それでいいと思った。

馬鹿な事をしている自覚はあった。しかし、その馬鹿な事を思い留まらせるだけのものを、とうとうグリゴリは見つける事ができなかった。


『お前は最初からそういう運命だったのかもしれないね』
ゾーヤの言葉を思い出す。
お伽話を追いかける運命のために母が死んだのだとしたら、そんな運命を許す事はできない。

だが、《カダイエ》の力で新王を、あるいは世界を壊し、それらを産み直し、この世界の親となるのなら。


自分は神になれる。


オリガは、死して後、神の妻であり、母であり、女神になれる。
運命というのは、オリガを尊いものへと導く運命だったのではないか。


思わず口元が笑みの形に歪む。
自らの妄想に痺れそうなほど心酔する気持ちで、全身が一杯になる。
その半面、頭のどこか冷静な部分が、そんな馬鹿な、と叫んでいる。


知っている。こんな時は止まる理由が出来るまで進めばいい。


グリゴリは実に満足そうに、《カダイエ》に向けて一歩を踏み出した。