一揆で浮き足立っているメルンテーゼの情勢を考慮し、ごく身内のみのひっそりとした式だった。
葬儀は本来ならばグリゴリが取り仕切るべきだったが、叔父が気を回してくれたお陰で、棺に花を入れる事と、馬車まで担ぐ事以外はせずに済んだ。
それでなくとも、グリゴリは終始ぼうっとして、母の遺体を見つめているばかりで、あまり役に立つとも思えなかった。
棺を埋葬してしまって、二人分の遺体が二人分の墓碑になって、すっかり人が帰ってしまっても、グリゴリはじっと母を見つめていた。
雑事を終えた叔父のセルゲイが戻ってきて、グリゴリに声をかける。
言いながら、肩や頭に積もった雹をばらばらと払う。
グリゴリはその手を軽く遮り、静かな、しっかりとした声音で口を開いた。
セルゲイは深い溜息をついた。
自分がもう少し愚かで若ければ、グリゴリの話に希望を見出したかもしれない。
しかし、どう考えても馬鹿な話としか思えない。
この男は、なぜそんなお伽話を真に受けているのだろう。
《黄金郷カダイエ》は、巨大なエンブリオ《マァムブ》の力によってその繁栄を築いていたという。
《マァムブ》を探すには、台座に12のコインを嵌めなければならない。
そして、コインはそれぞれ、《マァムブ》と契約するための持ち主が必要だ。
12の窪みに2つのコインを嵌めて
10の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す
最初は鳥の混じった男。
粗野で乱暴で人のような鳥を連れていた。
馬鹿みたいな話にも、金を払えば付いてきた。
12の窪みに3のコインを嵌めて
9の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す 次の持ち主は死んでいた。
骸の側には言葉おぼつかぬ獣がいた。
声をかければ、獣は勝手に付いてきた。
12の窪みに4のコインを嵌めて
8の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す 次は兎混じりの少女。
家族が前の王に仕えていたらしい。
女が一人で家族を探すには、今の世の中は物騒すぎる。
12の窪みに5のコインを嵌めて
7の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す 6人目は病人。
体の腐る病を治す方法を探すと言う。
黄金郷に病を治す望みを求め、一も二もなく付いてきた。
7人目は子供。
天使憑きの病でなくなった村の生き残りと言う。
病人に助けられた恩義があるらしく、黙って付いてきた。
12の窪みに7のコインを嵌めて
5の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す 8人目は犬の男。
を 好き勝手に 。
望めば産み直しをいくらでも行う契約を交わし、 は飼い犬になった。
12の窪みに8のコインを嵌めて
4の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す
次の持ち主は普通の娘。
時折 に 。
天涯孤独の娘は、家族が増える事を喜んだ。
12の窪みに9のコインを嵌めて
3の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す
次に来たのは画家の男。
女の眼球を抉るような狂気の持ち主。
天使憑きの子供が気に入り、文句も無く付いてきた。
12の窪みに10のコインを嵌めて
2の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す
11人目はエルフの女。
人の手により半身に傷を負い、片足を失った。
帰る場所も、行く宛も無かった女は黙って拾われた。
12の窪みに11のコインを嵌めて
最後の窪みはまだ見ぬ主の方向を示す
最後の1人は言葉の通じない娘だった。
ただし、 には 、 いるようだった。
娘はおとなしく、最後のメルンストゥーラを渡した。
12の窪みに12のコインを嵌めて
台座は呼んだ
黄金郷の主を
正直な話、半分は本気だったが、半分はオリガを失った悲しみを紛らわせたかっただけだった。
頭のどこかで、諦めが付くような事が起こればいいと思っていたし、無為に半年過ごすだけだったとしても、最後に母のために何か行動する時間が作れるなら、それでいいと思った。
馬鹿な事をしている自覚はあった。しかし、その馬鹿な事を思い留まらせるだけのものを、とうとうグリゴリは見つける事ができなかった。
『お前は最初からそういう運命だったのかもしれないね』
ゾーヤの言葉を思い出す。
お伽話を追いかける運命のために母が死んだのだとしたら、そんな運命を許す事はできない。
だが、《カダイエ》の力で新王を、あるいは世界を壊し、それらを産み直し、この世界の親となるのなら。
自分は神になれる。 オリガは、死して後、神の妻であり、母であり、女神になれる。 運命というのは、オリガを尊いものへと導く運命だったのではないか。 思わず口元が笑みの形に歪む。
自らの妄想に痺れそうなほど心酔する気持ちで、全身が一杯になる。
その半面、頭のどこか冷静な部分が、そんな馬鹿な、と叫んでいる。 知っている。こんな時は止まる理由が出来るまで進めばいい。
グリゴリは実に満足そうに、《カダイエ》に向けて一歩を踏み出した。 |